試練は、乗り越えれば愛として受け取ることもできるのかもしれない|メール専門・本音のセラピスト

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試練は、乗り越えれば愛として受け取ることもできるのかもしれない

わたしは左利きだが、
幼稚園の頃、箸とペンを右に変えられている。

家では親が、幼稚園では先生が、
「あれぇ?使う手、おかしいな~」
という嫌味な言い回しで、自ら持つ手を変えさせるやり方が、1年ほど続いたそうだ。

記憶にはないが、心がかなり傷ついていたようだ。
そのせいか、どんなに頑張っても、
出来ていないところだけを怒られて、心が傷つく人生を送ってきた。

そんなこともあって、
箸とペンを右に変えるよう両親に提案した、幼稚園の先生を、ずっと恨んでいた。

箸とペンを左利きに戻す挑戦は、
幼稚園の先生に対する怒りが、50年の時を経て爆発したもの。
幼稚園の先生の、当時の努力を無駄に終わらせるための「復讐」だった。

箸とペンを左手で練習し始めた時、
嬉しくて、思わず泣き出してしまったこともある。
「左手を使いたかったんだな」と、改めて気づいた。

でも、その挑戦の中で、今まで送ってきた人生が、
セラピストとしてクライアントに寄り添うための役に立っていることに気づいた。

今までの人生がなかったら、
クライアントの気持ちを理解できない人間になっていたかもしれない。
セラピストになんて、なれなかったかもしれない。
そう気づいた時、初めて、幼稚園の先生を許す気になれて、感謝できた。

人は時に、いわれなき試練を受けることもある。
でも、それに立ち向かい、
乗り越えた時、試練を愛として受け取ることも、できるのかもしれない。

立ち向かうやり方は、人それぞれ。

気合と根性でガンガン行くもよし。
へらへらマイペースで行くもよし。
わたしのように、ブチ切れて撃破しに行くのも、ありかもしれない。

「あいつのせいで!」を、
自分なりのやり方で撃破すると、いいことあるかもしれないよ。


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